みなしごの花

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give back


【give back】
 
 
「しい君は本当に肩もみが上手ねぇ。」
 
 ほぉ、とハルさんが息を吐いた。
 
「おばあちゃんもう骨抜きになっちゃいそう。」
「大袈裟だよ。」
 
 週に2、3。雪は習い事である剣道の為家を空けることがある。俺もそんな毎日来てるわけではないので、こういうことはごく稀なのだが、
 
「ハルさん。」
「ん?」
 
 見た目以上に凝りの酷い首筋に肘でゆっくり圧をかけながら、俯きがちに訊ねた。
 
「ありがとうって、言葉以外でどう伝えればいいと思う?」
「…うーん?」
 
 そうねぇ、と彼女は唐突な質問に首を傾げる。
 
「本当は、何か物でお返しが出来ればって思ったんだけど、…何をあげたら喜んでくれるのか、分からなくて。」
「あら、そんなの気にしてるの?」
「え、」
「気持ちがあればいいのよ。」
「気持ち…」
「うん。」
 
 言いながら、彼女はくるっと首だけで振り向き、肩越しにいつもの優しげな笑みを見せた。
 
「物でも、言葉でもね、勿論感謝の気持ちは伝わるけど、ありがとうって気持ちを持ってさえいれば、自然とお顔だったり、態度だったり、行動に出ちゃうもんだもの。」
「そういうもの?」
「そういうものよ。」
「でも、俺…何か返したいんだ。大したものじゃなくても、ちょっとずつでも」
 
 でないと、追いつかない。
 大袈裟でも、比喩でもなく、何かがパンクしてしまいそうな。そんな気がして。
 
「んー…、あ、じゃあ、こんなのはどうかしら。」
「?」
「手づくりのね、お料理を食べてもらうの。」
「え、て、手づくり?」
「お菓子でもいいわねぇ。」
「ちょっと待ってハルさん、俺、料理なんて…」
「あら、いつも私のお手伝いをしてくれるとっても筋のいい子は誰だったかしら。」
「でも、なんで料理…」
 
 そんな、それこそ好みが分かれて失敗のリスクの高そうなもの。
 躊躇う俺に、ハルさんは言った。
 
「自分の手で作るってね、どうしたって気持ちが込もるもの。作る前から、今日は何しようって。あれはついこないだやったばかりだし。今日は寒いから。暑いから。そういえばテレビ見ながらこれ食べたいとか言ってたな。たまにはこういうのも作ってみようかな。あの子はこういう味が好きで、あんまり油っこいのは好きじゃなくて、好きなものも嫌いなものも、ちょっとなんだか苦手なものも、食べた時の反応につい意識が向いて、そういうのって、考えてる方も考えられてる方も、凄く幸せなことだと私は思うわ。」
「……。」
「勿論、編み物だったり色んな小物だったり、手づくりであげられるものって他にもあるし、それも凄く素敵だけど。食べ物って、生きるのにどうしても必要なものだし、相手も受け取りやすいんじゃないかな。」
「俺に出来るかな。」
「大丈夫よ。しい君器用だし。もし不安なようなら、私と一緒に作りましょう。」
「…うん。ありがとう。」
 
 ハルさんの『大丈夫』は本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
 本当に俺、二人には貰ってばかりだなぁ。
 なんて考えていると
 
「あ、因みにね」
「?」
「プリンが好きよ、雪ちゃんは。」
「!」
「本人は、子供っぽいからって認めてくれないけどね。」
 
 クスッと笑い、聞いてもいない情報を当然のように耳打ちしてくれた彼女に、俺はどんな顔をしていいか分からず、
 やっぱり大人ってずるいな、と内心呟き、密かに歯噛みした。
 
 
 
 
 
 ───…。
 
「──あれ、」
 
 その日の夕食後。
 俺は柄にもなく緊張していた。
 
「どうかした?」
 
 首を傾げる、雪に訊ねる。
 デザートであるプリンの一口目を、口に含んだばかりだった。
 
「いや、なんか味が」
「……」
「いつもと、違うような」
「お、美味しくなかった?」
 
 逸る気持ちが声にも表れる。
 とりあえず食べられる代物かどうか、知りたかった。
 
「何言ってんだ、うめえよ。」
「!」
「てか自分の食ってみりゃいいだろ。」
 
 ごもっとも。だけど気になるのは、単純な味だけじゃなくて。
 
「ちょっと、いつもより苦味?があんなって思っただけ。」
 
 カラメル焦がしちゃったんだよな。
 
「あとなんか、もったりしてる。」
 
 ゼラチン入れすぎたんだ。
 
「けど、これはこれでうめーよ。」
「っ…」
「つうかこればあちゃんが作ってんだぞ。まずいわけねーだろ。」
「うふふ、雪ちゃん、実は今日ね、これね、」
「ハルさんっ!」
 
 慌てて制止をかける。そんな俺に、彼女はクスクスと堪えきれない笑いを零し、雪はといえば、そんな俺たちの様子にきょと、とした顔で頭いっぱい「?」を浮かべていた。
 
 …別に、誰が作ったかなんて知らなくてもいい。
 美味しいと、悪くないと思ってくれたなら、それで。
 
「ハルさんも美味しい?」
「ええ、とっても。」
「お前は早く自分の食えよ。」
 
 言われて、漸く自分も一口掬い口へと運ぶ。
 初めて自分で作ったそれは、やっぱり市販のものやハルさんのものには遠く及ばず、作り方を頭の中で呼び起こして、色々と足りない部分や、次は気をつけなければいけないことを考えさせられた。そんな味だった。
 次は、もっと上手くできるだろうか。何回もやっていけば、ハルさんみたいに美味しく作れるようになるかな。少しずつでいいから、他にも色々、作れるように…
 
「ごちそうさま。」
「え、もう?」
「いやお前が遅いんだって。ほんとにどうしたんだよ今日。いらないなら貰うぞ。」
「食べる?」
「…冗談だって。」
 
 呆れられた。
 だって、美味しそうに食べてくれたから。
 からっぽになった皿に、きゅっと唇を噛む。喜んで貰いたくて作ったのに、結局のところ自分が一番喜ばされているような気がした。
 
 また何か作れば、二人とも食べてくれるだろうか。
 美味しいと、笑ってくれるかな。
 
 俺が何かしたことで、その顔を一瞬でも明るいものに出来たなら、嬉しい。
 当たり前のように君がくれた、嬉しいの気持ちを、俺の方からも、少しでも返すことが出来たなら、
 
 こんなに嬉しいことってない。
 

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田蔵田
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